【6/18/2026】賃上げしても採れない? 採用AI規制も拡大中

インフレと法規制が変える採用の前提条件
賃上げしても届かず、法的義務は既に広がっている — 日系企業が今すぐ対応すべき2つのリスク
2026年6月、米国の採用市場では二つの重要な変化が同時進行しています。一つは、インフレ率が賃金上昇率を上回ることによる実質賃金の低下。もう一つは、AI採用ツールに対する法規制の拡大です。
どちらも日系企業が見落としやすいテーマですが、放置すると採用競争力の低下や法的リスクの増大につながります。本稿では、最新データをもとに現状を整理し、企業が今取り組むべき対応策をご紹介します。
実質賃金の低下——「昇給した」が通じない時代へ
2026年6月10日、BLSが発表した2026年5月の消費者物価指数(CPI)は前年比+4.2%と、2023年4月以来の高水準を記録しました。名目平均時給の伸びが前年比+3.4%にとどまるなか、インフレ率がそれを上回ったため、実質平均時給は前年比マイナス0.7%、月次でもマイナス0.1%となっています。
以下の表は、主要カテゴリー別のCPI前年比変化率です(2026年5月、BLS発表)。
| カテゴリー | 前年比変化率(2026年5月) |
|---|---|
| 全項目(All Items) | +4.2% |
| 食料品(Food) | +3.1% |
| エネルギー(Energy) | +23.5% |
| ガソリン(Gasoline) | +40.5% |
| 電力(Electricity) | +5.9% |
| コア(食料・エネルギー除く) | +2.9% |
| 住居費(Shelter) | +3.4% |
| 医療(Medical care) | +2.5% |
出典:U.S. Bureau of Labor Statistics, Consumer Price Index May 2026(2026年6月10日発表)
特筆すべきはエネルギー価格の急騰です。ガソリン代は前年比40%以上、電力も+5.9%上昇しており、CPIの上昇全体の6割超をエネルギーが占めています。中東情勢による原油価格の高止まりが背景にあり、通勤・生活コストへの影響は全米の労働者が実感しています。
採用現場において、この数字が意味するのは明確です。候補者がオファーを評価するとき、参照しているのは提示された給与の額面ではなく、「この給与でこの地域に住んで生活できるか」という実質的な判断基準です。名目賃金の伸びだけでは候補者の期待値に届かないケースが増えており、数字の上での昇給が、現場では「実質的な給与削減」として受け取られるリスクがあります。
AI採用規制の拡大——法的義務はすでに始まっている
採用プロセスでAIを活用することは多くの企業で標準となっています。しかし今、そのAI利用に対して法的義務が課される時代が本格的に始まっています。以下の表は、2026年6月時点での米国主要州・都市におけるAI採用規制の施行状況です。
| 州・都市 | 主な義務 | 施行日 |
|---|---|---|
| イリノイ州(HB 3773) | 求職者・従業員への事前通知(採用・昇進・解雇・訓練選抜・雇用条件等)・差別的AIの禁止・実施規則策定中(IDHR) | 2026年1月1日 |
| ニューヨーク市(Local Law 144) | 第三者によるバイアス監査・監査結果の公表 | 2023年7月5日 |
| テキサス州(TRAIGA) | 意図的なAI差別の禁止・60日の是正猶予 ※対象:政府機関(民間企業は対象外) |
2026年1月1日 |
イリノイ州HB 3773の通知義務の対象は、求職者だけでなく従業員も含まれる点に注意が必要です。採用・昇進・解雇・訓練選抜・雇用条件等の幅広い雇用上の意思決定全体が対象となっています(出典:Ogletree / Epstein Becker Green)。
見落としやすいのがリモートポジションへの影響です。求人を1件掲載するだけで、応募者の居住州に応じて複数州の規制への同時対応が必要になるケースがあります。「自社はATSを使っているだけでAIは関係ない」という認識も危険です。履歴書のスクリーニング・候補者のスコアリング・面接評価の補助など、気づかないうちにAIが雇用判断に関与しているケースは少なくありません。
日系企業が直面している現実
上述の二つの変化は、それぞれが独立したリスクではなく、採用の現場で相互に影響し合っています。実質賃金の低下に対応するために総報酬の見直しを急いでいる一方で、採用プロセスに使っているツールが法的規制の対象になっているとしたら——この二重の課題を同時に把握している企業は多くありません。採用コスト・法的リスク・候補者体験、この三つが今同時に変化しています。
今着手すべき実務的な対応3点
① 総報酬全体の見直し(名目賃金から実質価値へ)
昇給率だけでなく、医療保険・401(k)・在宅勤務制度・育児支援を含めた総報酬全体を再設計する。候補者に対しては「生活コストを踏まえた実質的な生活水準」として総報酬を説明できる資料を準備し、職種・地域・経験年数別の賃金ベンチマークを定期的に更新することを推奨します。
② 採用ツールのAI該当性確認
現在使用しているATSや面接ツールについて、ベンダーにAI機能の範囲・雇用判断への関与度を確認する。イリノイ州(求職者・従業員双方への通知義務)・ニューヨーク市の規制内容を照らし合わせ、開示文書と記録保持の仕組みを整備することをお勧めします。
③ 採用プロセス全体のコンプライアンス点検
リモートポジションを掲載している場合は、応募者の所在州に応じた複数の規制への同時対応が必要かどうかを確認する。各州の立法動向は変化が速いため、法務担当者またはHR専門家との定期的なモニタリング体制の構築を推奨します。
まとめ:人材戦略を経営の議題に
米国の採用環境は、インフレと法規制という二つの変化によって、短期間で前提条件が変わっています。「去年のやり方が今年も通じる」という前提は成立しません。昇給率の数字を確認するだけでなく、候補者が実感する「生活できるか」という問いに答えられているか。使っている採用ツールが施行済みおよび今後施行される規制に対応できているか。この二点を今すぐ確認することが、採用力の維持と法的リスクの回避に直結します。
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主要参照データ
- BLS Consumer Price Index May 2026(2026年6月10日発表)
- BLS Real Earnings Summary May 2026
- Illinois HB 3773(2026年1月1日施行)
- NYC Local Law 144(2023年7月5日施行)
- Colorado SB 189(2027年1月1日施行)
- Texas TRAIGA(2026年1月1日施行)
- Hunton Privacy Blog(2026年5月)
- Seyfarth Shaw LLP(2026年5月)
- Holland & Knight(2026年5月)
- Ogletree Deakins(2025年12月)
- Epstein Becker Green(2026年6月)