【米国人事基礎知識】いまさら聞けない! 採用活動における4つの基本書類とチェック・ポイント

人事・組織法律

更新:03/16/2021

米国における採用活動は、採用プロセスや契約書類など、注意すべき点が日本の採用活動と比べると大きく異なり、アメリカで採用活動をする上で、必ず留意しておかなければならないのが従業員の訴訟リスクの問題です。アメリカの保険会社Hiscoxの調査によると、平均して10.5%の従業員からの訴訟リスクがあるとの結果も出ており、日系企業の進出先として人気のカリフォルニアでは46%を超える訴訟リスクがあるという結果もあるほどです。

採用プロセスには様々なポイントがありますが、今回は「採用活動に必要な基本書類」に焦点をあて、法律的な観点について、Smith, Gambrell and Russell, LLP 小島清顕弁護士にご寄稿いただきましたので、ぜひご参照ください。

 


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いまさら聞けない! 採用活動における4つの基本書類とチェック・ポイント

米国において従業員の採用時に必要となる基本書類としては下記の4つがあります。

1.Offer Letter(オファー・レター)

2.Employment Agreement(エンプロイメント・アグリーメント、雇用契約書)

3.Job Description(ジョブ・デスクリプション、職務記述書)

4.Restrictive Covenants Agreement(リストリクティブ・コベナンツ・アグリーメント)

これらの書類は、法律上作成を義務づけられているわけではありません。また、後述するとおり、4つの書類すべてを常に作成する必要もありません。それでは、それぞれの書類はどのような意味をもつのでしょうか。

1. Offer Letter

Offer Letterは、会社(雇用主)が従業員となる候補者に対して、特定のポジションをオファーする内容の文書です。Job Title(役職名)、給与、勤務開始日、労働時間、福利厚生(ベネフィット)、有給休暇(PTO:Paid Time Off)など、業務や待遇に関する基本的な内容を記載します。それに加えて、オファーされるポジションが随意雇用(At-Will Employment)である場合は、その旨を明記する必要があります(注1)。随意雇用とは、従業員及び雇用主が、いつでも、どのような理由でも、あるいは理由がなくても、何らの通知なく終了させることができる雇用関係をいい(注2)、米国における雇用の大半がこれにあたります。決まりがあるわけではありませんが、実務上、随意雇用の場合は(したがって雇用の大半のケースにおいては)、Offer Letterのみが取り交わされ、随意雇用ではない場合はEmployment Agreementが締結されるのが一般的です。

なお、オファーが、「バックグラウンドチェック(雇用前の採用調査)が問題なく完了すること」や、「別途Employment Agreementに合意・署名すること」といった一定の条件にかかっている場合は、その条件についてもOffer Letterに記載する必要があります。

2. Employment Agreement

(1)Offer LetterとEmployment Agreementの違い
Offer LetterとEmployment Agreement(Employment Contractともいいます)は、いずれも雇用条件を記載する文書であり、その内容は一定程度重なります。しかし、Offer Letterには業務や待遇に関する基本的な事項のみが記載されるのに対し、Employment Agreementには、より詳しい内容(詳しくは(2)にて後述)が定められることが通例です。
例えば、ベネフィットや休暇に関する制度について、Offer Letterでは「Employee Handbook(就労規則)に記載のとおり」と定めることが少なくありませんが、Employment Agreementには、より詳細な取扱いを定めることが多いです。また、上述したとおり、随意雇用ではなく雇用期間を定めた契約を結ぶ場合には、Employment Agreementを締結するのが一般的です。
そのため、簡単に辞められては困る人材を雇う場合や、会社と従業員との間で確実に合意しておきたい事項がある場合(特に、他の従業員とは異なる雇用条件としたい場合)に、Employment Agreementを作成することになります。具体的には、CEO、CFO、COO、Vice Presidentなどのエグゼクティブ、成功報酬制を採る営業担当者、研究者やエンジニアなど特別な技能や知識を有しており会社にとって欠かすことのできない人材を雇う場合などに、Employment Agreementを締結します。こういったケースでは、会社が従業員に対して特別なベネフィットの提供を約束する、あるいは雇用期間を定めた上で、契約書に定められた理由(合意された一定の目標(注3)を達成しない、死亡・病気など)にあてはまらない限りは解雇しない定めをおくなど、一般の従業員とは異なる配慮がされることが少なくありません。

(2)Employment Agreementに記載すべき内容
個別の状況に応じてアレンジするという性質上、Employment Agreementに記載すべき内容を一概に挙げることは困難ですが、Offer Letterでカバーされるような基本的事項に加えて、例えば、以下のような事項が定められます。

  • 業務内容に関する詳細
  • 従業員の権限範囲
  • レポートライン(上司のポジションや、誰に評価されるかなどの組織図)
  • 報酬額やその決め方(とりわけ、営業担当者に対して営業成績に応じたCommission Fee(業務委託料)を支払う場合は、その計算方法や支払時期及び方法、雇用終了時点においてペンディングの案件がある場合の処理方法)
  • ボーナスの有無やその決め方(ボーナスの支払いを会社の裁量事項とする場合、その旨)
  • 専門職業人の賠償責任保険(Professional Liability Insurance)の提供の有無
  • 営業・生産・経費削減・技術などに関する達成目標(Performance Target)(注4)
  • 雇用期間(随意雇用とすることも可能)
  • 雇用契約終了の条件(随意雇用ではない場合)
  • 雇用契約終了の判断が誰によってなされるか(随意雇用ではない場合)
  • 雇用契約終了のための通知方法
  • 雇用契約終了時の金銭補償の有無及びその金額
  • 従業員の死亡・障がいなどにより雇用契約が終了する旨
  • 試用期間

3. Job Description

(1)Job Descriptionとは
Job Descriptionとは、その名のとおり、職務内容を記した資料です。採用に際しては、それぞれのポジションに応じたJob Descriptionを作成し、これを従業員候補者に提示することが一般的です。

(2)Job Descriptionを作成するメリット
Job Description を作成・提示することには、「採用のミスマッチを防ぐ」「人事評価の方法を明確にできる」「訴訟を回避するための備えとなる」などのメリットがあります。

1)採用のミスマッチを防ぐ
業務上で必要となる技能や資格をJob Descriptionに記載しておけば、これを欠いた人材が応募するという無駄が省けますし、採用後のミスマッチを防ぐことができます。

2)人事評価の方法を明確にする
問題のある従業員がいた場合、随意雇用であっても、ある日突然解雇するのではなく、人事評価で何度か低い評価をつけたり、本人に対して改善を求める旨の警告(Warning)を出したりした上で、それでも改善が認められない場合に解雇する、というステップを踏むことが多いのですが、その際の人事評価や警告の根拠となるべき重要な基準の1つが、Job Descriptionに記載された内容ということになります。Job Descriptionが無ければ、客観的かつ適正な人事評価や警告も難しくなりますし、(実際には適正な評価をしていたとしても)従業員や行政、裁判所から「適正な評価を行っていない」と捉えられかねませんので、この観点からも、Job Descriptionの作成は重要です。

 3)訴訟を回避するための備えとする
従業員の解雇時に、Job Descriptionにおいて要求されている技術や能力が欠けている場合は、「Job Descriptionで要求している技術を有していない」として解雇の理由を説明しやすいのですが、Job Descriptionが存在しない場合は、そのような説明を行うことができません。そのため、「違法かつ不当な理由で解雇された」といったクレームへの反論が難しくなります。また、Exempt Employee(Exempt)(注5)の従業員から、「私は、本来Non-Exemptなので、会社は残業代を支払うべきである」といったクレームが出た場合も、Job Descriptionに業務内容を記載しておけば、これに基づいて反論することができます。ある従業員がExemptに該当するか、すなわち、残業代の支払対象となるかどうかは、当該従業員の業務内容に依存する面が大きく、Exemptであることを示唆する業務の内容(例えば部下のマネジメントなど)をJob Description に記載しておけば、会社側が当該従業員がExemptであることを証明する際の一つの証拠となるためです(当然、業務の実態が法律上のExemptの要件を満たすことが大前提です)。

Job Descriptionは日本では馴染みがないため、これを作成しないまま従業員を採用している日系企業も散見されますが、こうしたメリットがありますので、作成をお勧めいたします。

4. Restrictive Covenants Agreement

(1)Restrictive Covenants Agreementとは
Restrictive Covenantsは、「制限的な契約・条項」を意味し、Restrictive Covenants Agreementは、要するに、従業員の(雇用期間中及び雇用期間終了後の一定期間の)一定の行動を禁止する条項をいくつか取りまとめた契約書を意味します。「不作為契約」などと訳されることもあります。
採用に際して締結されるRestrictive Covenants Agreementの典型的な内容といわれているのが、以下の5つの事項です。これら5つを全て記載することもありますし、必要性や州のRegulation(レギュレーション、法令・規則)に応じて、このうちのいくつかを記載することもあります。

  • Non-Compete(競業避止)
  • Non-Solicitation(顧客勧誘の禁止)
  • Non-Hire(従業員引抜の禁止)
  • Non-Disclosure/Confidentiality(守秘義務)
  • Non-Disparagement(会社に対する誹謗中傷行為の禁止)

(2)Restrictive Covenants Agreementを締結する狙い
Restrictive Covenants Agreementは、管理職や専門職の従業員を採用する際に締結することが多いです。こういった役職の従業員は、会社の秘密情報(既存・潜在顧客リスト、特許やノウハウなど)に触れる機会も多く、競業他社に転職するケースが多いためです。チーム丸ごと転職先に引き抜かれてしまう例もあります。
Restrictive Covenants Agreementを締結した従業員が離職後、競業他社に転職したことが判明した場合、会社から元従業員に対し、署名済みのRestrictive Covenants Agreementの写しを添付したレターを出し、Restrictive Covenants Agreementに記載された禁止行為についてあらためて説明した上で、ただちに違反行為を止めるよう求めたり、(レター作成時点では違反行為が確認できなくても)その後、違反行為が認められた場合には法的措置を講じる旨を通告したりすることができます。

(3)州によって大きく異なるレギュレーション
上記(1)に記載した5つの事項のうち、とりわけ競業避止、顧客勧誘の禁止、従業員引抜の禁止については、州ごとに規制が大きく異なっているため、Restrictive Covenants Agreementの作成時には、州ごとの規制に反していないかどうか注意が必要です。例えば、しばしば有効性が争われる競業避止義務については、多くの州で競業避止義務を定める会社側の必要性が認められる場合に、一定の期間(数カ月、数年間)と一定の範囲(半径何マイル以内)に限ってその有効性が認められています。しかし、その期間や範囲の定め方は州によって大きく異なります(なお、カリフォルニア州では、期間・範囲にかかわらず、競業避止義務は原則無効です)。
Restrictive Covenants Agreementは、Employment Agreementとは別に締結する場合と、Employment Agreementの中にその内容を含めてしまう場合とがあります。どちらの形式でも問題はありませんが、上で述べたとおり、Restrictive Covenants の有効性は州によって大きく異なりますので、複数の州で事業を行っている会社の場合、Employment AgreementとRestrictive Covenants Agreementのテンプレートを別に用意した方が良いかもしれません。

(4)採用後にRestrictive Covenants Agreementを締結する場合
Restrictive Covenants Agreementは、その有効性が認められる大半の場合、「採用」自体をコンシダレーション(Consideration)(注6)として成立しています。したがって、採用後に「やはり競業避止義務を課したい」などと考え、Restrictive Covenants Agreementの締結を行う場合は、その時点で新たにコンシダレーションを提供する必要があることにご注意ください。

おわりに

米国では、会社が従業員や元従業員に訴えられることは珍しいことではありません。後になって悔やむことがないよう、採用の段階からそのような事態を想定しつつ、不当な訴訟やクレームから会社を守ることができるように、各書類の作成を丁寧に進めていただければと思います。


【注釈】

1 一例ですが、“Employment with the company is “at will” and may be terminated by the company or the employee at any time, for any reason or for no reason, with or without notice”などと記載します。

2 ただし、随意雇用であっても人種による不当な扱いなどの「違法な理由」に基づく解雇は無効です。

3 よくある達成目標の種類としては、営業成績、生産高、経費削減額、取得すべき技術や資格などが挙げられます。

4 「十分な売上の成果がでた場合には、ボーナスを支払う」などと曖昧な目標を設定する会社も散見されますが、紛争回避の観点からは、より具体的な目標を設定するか、会社の裁量に任されると明記することが望ましいです。

5 Exempt Employeeとは、残業代の支払対象とならない従業員を意味します。残業代の支払対象となる従業員は、Non-Exempt Employeeといわれます。ある従業員がExemptに該当するかどうかは、雇用主(会社)が決定できる事項ではなく、法律上の要件を満たす従業員のみがExemptにあたります。

6 英米法上、契約は、「契約当事者が互いに得る対価」という意味のコンシダレーション(約因)がなければ有効に成立しないとされています。そのため、従業員に契約上の義務を課すためには、会社から金銭もしくは採用などの対価を提供する必要があります。

【免責事項】

上記の内容は、一般的な説明に過ぎません。具体的な状況に応じた法的助言又は専門家意見として解釈しないようご留意ください。

寄稿者

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小島清顕 氏 / Mr. Kiyo Kojima – 米国弁護士(パートナー)
Smith, Gambrell and Russell, LLP

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Pasona N A, Inc.
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